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「稚くて愛を知らず」 石川達三
投稿日 : 2007/03/03 16:09
投稿者 久保田r
参照先
昭和42年6月30日 (株)角川書店

 大きな個人病院の娘として生まれた花村友紀子の結婚生活を綴った小説。友紀子は、生まれた時からどこかの男性のもとへ嫁ぐことが運命付けられずっとそれに沿って躾けられて来たが、当の本人は結婚式に着る花嫁衣装には興味はあっても、夫となる男性やその後の結婚生活については何ら関心がないという自分自身だけを大切にする女性であった。それは、友紀子の家庭環境が大きな要因となっていたが、贅沢な暮らしに慣れ、周囲から愛されることを当然としていた友紀子は、人を愛することを知らず、その性格のまま三宅新吉という貧乏医師の卵のもとに嫁いだ。そしてその結婚はやがて破綻する。

 小説に描かれている根っからのお嬢様育ちの友紀子を見ていると、まことに歯痒くなる。しかし、このような自己中心的な人間は、案外多いのではないだろうかと読み終えてから思った。同じ自己中心的と言っても、分かってて振舞うタイプと、天然タイプとがあり、友紀子の場合は天然タイプなだけに余計に困る。最も困ったのは夫となった三宅新吉で、彼は友紀子の言動と行動とに男のプライドを傷つけられながらよく耐えたと思う。いずれ離婚してしまうのだが、友紀子は、自分が気持ちよく過ごすことを優先する性格で、相手の心情を全く慮らないので、友紀子の発言を受けた者は多かれ少なかれ振り回される。彼女と共に暮らすことは、同じ女性であっても家族以外の赤の他人では難儀することだろう。友紀子はそのような自分本位な女性に育っていた。

 結婚というのは、同等の価値観を持っている者同士の方が摩擦や擦れ違いが少なく、上手くいくことの方が多いと思うが、友紀子の家はなまじ裕福だっただけに打算が入り、貧しい青年のところへ嫁ぐことになった。おかげで三宅新吉は妻の実家に頭が上がらず、長い間いいように使われてしまうのだが、それでも友紀子との間に愛情ある夫婦関係が築かれていれば、それなりに報われる人生であったと思う。しかし、夫に心を開かない妻が相手では自分の人生が台無しになるばかり。かくして三宅新吉は離婚へと踏み切る。

 当時の価値観から言えば、離婚は女性にとって大きなマイナスだったと思うが、友紀子はその点についてさしたる衝撃を受けていない。晴れてずっと実家にいることが出来るのだと喜ぶばかり。ここまで天然だと何も言うべき言葉が見つからないが、ここに描かれている友紀子のような人間は、現代に当てはめてみて割りと男性女性問わずいるのではないだろうかという気がする。個人主義的な現代、離婚も珍しいことではなくなった。稚くて愛を知らぬことも分からないまま大人へと成長してしまった友紀子。この小説は、来るべき時代を予見していたかのような、耳の痛い事柄がたくさん詰まっている結婚がテーマとなっている。
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