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「嘘は罪」 栗本薫
投稿日 : 2010/12/24 17:52
投稿者 久保田r
参照先
平成20年3月31日 (株)角川書店

 現代の東京を舞台とした作品群”東京サーガ”のうち、大スター今西良と森田透を取り囲む男たちの愛憎を描いたシリーズの一作品。主人公は風間俊介。「朝日のあたる家」(レビュー:http://chaos-i.com/review/novel/patio.cgi?read=72&ukey=0)の後日を記した物語となっており、今西良に”捨てられた”風間のどん底から這い上がるまでが描かれている。タイトルの「嘘は罪」とは、ジャズの曲のタイトルから。

 8年間もの間、大スター今西良にびったりと張り付き、寝食を共にし、人生を破滅させるかの勢いのままその全てを傾けていた風間俊介は、良の元バンドメンバーの森田透の出現により、良と透は相思相愛の恋人同士となり、風間は”捨てられた”形となった。良と共に暮らしたマンションで、風間は絶望と孤独と人生のどん底を這い、食事もろくに摂らずに酒浸りの日々を送る。遂に酒と煙草が切れ、芸能ジャーナリストの野々村から金を借りるため、待ち合わせのために向かった2丁目で、風間は、尋常でない目つきをする忍という名の少年と出会う。忍は、やくざから追いかけられている身で、黒須と名乗る異様な恐怖を身にまとった男に連れられて行ってしまう。それから数日後、風間は偶然にも喫茶店で黒須と忍とに再会する。それが風間の次なる運命の歯車となる。

 主人公の風間俊介は、その人生の全てを今西良に注ぎ込んで生きて来た男であり、その人生とイコールであった良が風間を捨て、森田透と恋人同士となったことで、風間は仕事も地位も名誉も何もかもを失い、生きる望みの全てを失い、良と共に暮らした部屋の中で、人生のどん底の苦い苦い苦しみの責めを受け続けている様がつぶさに描写されてあり、なんとも言えず心に痛い内容となっている。しかし、風間は、元アマチュアボクサーであるという頑健な体の持ち主であり、自ら命を断つという選択肢を持たぬため、野々村の力を借りてどん底から一歩這い上がった後は、細々と生きるために動き出すようになる。だが、2丁目で偶然出会った忍という少年に関わったことで、風間はこれまでと違った運命を歩き出すようになり、また長年芸能界という特殊な世界を生業としてきた性からか、新たな危ない人間関係へと足を踏み入れることとなる。

 原稿1500枚という大作で、相当に分厚くハードな内容。筋としては、主人公の風間の心理描写を通して物語が進行しているが、そこに描かれている人間関係は非常に危うく、脆く、現代的な恐怖がまざまざと綴られている。元アマチュアボクサーの風間という男のフィルターを通して物語を読むため、直接にはその恐怖感といったものは伝わっては来ないが、風間の存在を抜きにして捉えた場合、身の毛もよだつような心理的な怖さがある。非情で酷薄なやくざ、虐待を受け続けて育った子供、実の子を売る母親の末路──。そこには、作者の冷静なまでの観察力があり、加えて生半可な同情などはなく、社会に対する警鐘といったものが感じられる物語となっている。

 それに対し、人生をかけた恋に破れ、人生のどん底を味わった風間が、なんと無骨でなんと生きることに対して真っ当であることかと思う。類い稀な音楽の天性を持つ忍の今後のことを考える風間は、どんなに薄汚れようとも真っ当な人間の反応。良との出会いにより、風間の人生は激動の時を過ごし、その影響を甚大に受けたが、生来の気質は体育会系な男らしい性格。この作品は、良との付き合いにより人生を大きく変えてしまった風間という男の本質と、その後の生き方が記されている、どん底まで行き詰まった人への道標のような物語。

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