トップページ > 記事閲覧 
「一杯の歌」 内海隆一郎
投稿日 : 2011/04/13 16:17
投稿者 久保田r
参照先
1995年8月10日 文春文庫

 スポーツにまつわる20編のストーリーを収録した短編集。いずれの作品も主役の年齢は中高年で、若かりし頃の思い出と今とを結びつけ、ほろ苦くそして人生の糧となるような思いの伝わってくる短編集となっている。登場するスポーツは、野球、テニス、バスケットボール、サッカー、柔道、ボクシングなどなど。

 何の前知識もなしに読み始めてしばらくして、扱っている題材がスポーツばかりであることに気づき、ふと疑問に思ってあとがきに目を通したところ、スポーツ雑誌「Number」誌上に於いて1年間掲載されていた作品集とのこと。(なるほど)と納得したのと同時に、スポーツを題材としていてもどの作品も内海氏らしい人間味溢れる内容となっていて、普段と変わらぬ人間ドラマの一部を垣間見る思いで読み進めることができた。

 ここに紡がれているストーリーは、スポーツをした後のスカっとするような爽快感を味わうための物語ではなく、むしろ忘れられない思い出と向き合う人生のほろ苦さが感じられる物語が多い。ほろ苦い過去と失敗はイコールであり教訓。若い時分にスポーツで失敗した経験がその後の人生を形成しており、今だからこそ振り返ることのできる過去、苦い経験があったからこそ今の自分がある…といった様々な人生の縮図を一つ一つの短編の中に描き出している。

 最も印象に残ったのは「海辺のバッター」という作品。甲子園に出場できる筈だったのが、チームメイトがバイクの無免許運転で捕まり出場辞退となり、卒業後就職した信用金庫で上司が得意先の面々にそのことを話すため、得意先から同情の眼差しで見られ、いつまでたっても苦々しい思い出を風化させることができないという内容。甲子園というと高校球児の憧れの晴れ舞台だが、その甲子園で活躍した「成功」ストーリーではなく、出場権を得ながらも辞退せざる得なかった高校球児の大人になってからの姿を描いているところが切なくて胸に響いた。他の短編も、怪我をもとに挫折した話や、身長が足りない話、病気で諦めざるを得ない話、息子を亡くした話など、ままならないながらも生きている元スポーツマンの物語がたくさん綴られている。

 スポーツと人生。酒の肴におすすめの一冊。


<収録作品>
サンドイッチ/二敗の理由/マイペース/ロングシュート/ダブルス/マイナス五センチ/海辺のバッター/ノースプラッシュ/リタイア/静かなルーキー/二つのゴール/ジンクス/タカオの悲鳴/つぶれた耳/鳥のように/山の声/土俵の砂/バーを越えて/ゴールまで(全20編)

記事編集 編集
件名 スレッドをトップへソート
名前
メールアドレス
URL
画像添付


暗証キー
画像認証 (右画像の数字を入力) 投稿キー
コメント





- WEB PATIO -