「朗読者」 ベルンハルト・シュリンク
投稿日 | : 2000/12/22 23:23 |
投稿者 | : 新木 滋 |
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人は皆、それぞれのドラマの主人公。小説や映像作品において、
繰り返し語られてきた主題ではなかろうか。ある意味において真実
だろうが、個人から複数人へ、知人、友人から社会、国家へ。視点
を広げていくにつれ、その存在感のなんと薄くなっていくことか。
そう。人はそれぞれに主人公を演じる、多くの者と関わり合いなが
ら生きている。星の数ほどの個人ドラマが交わっていくのだから、
なかなか思うに任せない。
主人公は15歳の少年ミヒャエル。彼は、ひょんなことから21歳上
のハンナと恋に落ちる。情事を重ねる日々のなか、彼女は本の朗読
をミヒャエルにせがむのだった。
二人の日々は、いつまでも続くと思われた。が、ハンナは突然に
舞台を下りる。ミヒャエルが思ってもみなかった、あまりに突然の
失踪だった。
ミヒャエルの物語に彼女が再び現れたのは、それから数年が経っ
たのち。とある法廷でのことである。そして、ようやく彼は知る。
あの頃、語られなかったハンナの過去を。そして――。彼は再び朗
読者となった。
文体は一人称。視点は終始ミヒャエルにあって、そこに脇役ハン
ナの人生、悲哀が描かれていく。ミヒャエルがそうであるように、
読者にも彼女の真意は分からない。が、読了が近づくにつれ次々と
思い当たっていくはずだ。読み飛ばしていた彼女の仕草、それとな
い言葉が意味するところに。そして、現実とは違い、いつでも過去
へ戻ることができる。後書きにおいて、再読が薦められているのも
うなずけるのだ。
主人公だから、人は自分を可愛く感じる。他人への想い、優しさ
も、自分の可愛さゆえかもしれない。この物語はそれを否定してい
ない。が、それでも、温かいものが残るのはなぜだろうか。こうい
う物語には、久しぶりに出会った。文句なくお薦めである。
松永美穂訳