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舞台「里見八犬伝」
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深作(子)版「里見八犬伝」
投稿日 |
: 2020/09/23(Wed) 19:11 |
投稿者 |
: Excalibur |
参照先 |
: |
かつて深作健太の父・深作欣二は角川映画『里見八犬伝』を監督しているが、はたして舞台版は如何に?と興味津々だったが、2012年の初演時はチケットが取れずに見逃してしまったものの、幸いにも2014年の再演版以降は新国立劇場、2017年は文京シビックホール、そして2019年はなかのZEROホールと明治座の2回と足を運ぶことが出来ている。
物語は滝沢馬琴の『南総里見八犬伝』をもとに新たに創作した、となっているが、むしろ深作欣二監督版『里見八犬伝』(というより原作となった鎌田敏夫の小説『新・里見八犬伝』)がベースになっているのだが、そのストーリーの運びにはかなり落胆した。
性格破綻者揃いの八犬士に、伏姫の色香に惑わされ妻子を捨て、成長した我が子と剣を交えたいがために闇落ちして復活を遂げる、ただただ己の欲望に忠実なだけの金碗大輔、正義の象徴どころか諸悪の権現である里見義実、濡れ衣を着せられた憐れな女・玉梓、一方的に任務を押し付けるだけでろくに事情も説明しようとせず、煙に巻くだけの無責任な伏姫……。
道節が捨てられた大輔の息子、玉梓が無実の罪で処刑された義実の正室で、その娘である伏姫を毛嫌いした義実が八房共々幽閉したなどの新解釈、新設定は面白いと思ったが、結局のところ何故この八人が選ばれたのか、それぞれが持つ珠に浮かび上がる文字の意味合いなど、納得出来る展開にはなり得ていない。
兄妹として育ちながら恋愛の情に溺れ、最愛の者を己が手にかけてしまう信乃や、玉梓側の一味に八犬士の一人がいる、というのは映画版と同工の趣向。
ただあちらで寝返るのは道節ではなく、現八だが。
そして「真田十勇士」と違って本来の「里見八犬伝」は全員帰還のハッピーエンド。
それを八犬士が次々と斃れて行く形にしたのは、これまた映画版と同じで、信乃をはじめとする登場人物たちが悲劇に酔い痴れてるようなのは気になるのだが、トータルでは見応えのあるものになっているのは確か。
<仮面ライダー>や<スーパー戦隊>などでお馴染みの若手俳優たちが、縦横無尽に舞台上を駆け巡る姿は単純に見ていて愉しい。動けるメンバーの殺陣は生の舞台ならではの迫力がある。
ただ個々の俳優の演技には幾つか難点が。
例えば2014年版と17年版で主演を務めた山?ア賢人は終始気取った癖のある台詞回しで、聴いていて非常に耳障り。おまけにこれは演出の所為だろうが叫びっ放しで演技にメリハリがないので観ていて辛かった。
共演の馬場良馬や荒井敦史も感情の起伏が激しいシーンがあるが、その前後で芝居を変えているからそれが活きてくるが、一本調子ではそれも無理。他のキャストが若手ながらそれなりに”出来る”メンバーだけに、余計それが目立ってしまう。
そういう演出を付けられているのかもしれないが、少なくても舞台向きの発声ではない。テレビドラマや映画ならばそれも「味」として認識されるかもしれないが…。
他にも経験の浅い役者が多いだけに全体的に全力発声演技が目立ち、台詞が聞き取りにくい場面もしばしばあるのだが、これはこの作品に限った話ではなく、同様に若手俳優たちをキャスティングした『真田十勇士』でも感じたことなので、この手の作品の宿命でもある。その分、若さ溢れる全力プレーを大いに愉しみ、彼らの今後に期待することとしよう。
後気になったのは音楽。
実はこの作品にはワーグナーの「ジークフリートの葬送」なども使われているのだが、大半がOVA『ジャイアントロボ THE ANIMATION/地球が静止する日』からの流用で賄われているのだ。
知らないで聴いていれば格好良い音楽だなと思うかもしれないが、どうしても他の場面が浮かんでしまうのは致し方ない。
犬神様が登場すると「我らビッグ・ファイアのために!」と唱和したくなったり…。
ただ、それらを含めて好きな舞台作品であることに変わりはなく、今後また再演される機会があれば是非とも足を運びたいものだ。
次はどんな生きのよい若手俳優に出会えるだろうか。![](./upl/1600855893-s-1.jpg)
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